最強の彼氏【洋三】

 水戸はかっこいい。

 顔は好きだし、笑ったとこも、眉間に皺寄せたってかっこいい。優しいとこも、ダチ想いなとこも、広くてでけえ背中も、骨ばった手も、飄々とした態度もかっこいい。

「軽い気持ちでどこが好きなんだって聞いただけなのに、すげえノロケが返ってきたぜおい」

 屋上で車座になりながら、焼きそばパン片手に水戸の好きなところを上げ連ねた俺に肩をすくめてみせたのは野間だった。

 その隣で大楠は苦笑いしているし、高宮に至っては「聞くだけで腹いっぱいだな」なんて言いながらコロッケパンにかじりついていた。

 今日は昼休みに進路の件で担任から呼び出されていたが、急遽その担任に別の用事ができたとかで予定が変わった。

 呼び出しのせいで水戸からの昼食の誘いを断ってしまっていたので、もしかしていつもみたいに軍団と飯を食っていやしないかと屋上の扉を開ければ、水戸と桜木はどうもすれ違いで購買に行ったらしい。

 立ち去るタイミングを誤った俺はこの場でたむろしていた残る3人に捕まり、水戸との恋愛はどうだとインタビューを受けていたのだった。

「まあでもよ、相思相愛ってやつ? 仲良さそうで何よりだよ」

「え、そう見えるか?」

 大楠の言葉に、咀嚼していたパンをごくんと飲み込んで前のめりに聞く。

 近い、と顔面を大楠の手のひらで押されながらも引き下がらない俺に

「ミッチー自信ねえの?」

 と口を出したのは高宮だった。コロッケパンは食い終わったらしく、すでにカレーパンの封を開けていた。でかい口に吸い込まれていくカレーパンを眺めながら、俺は「う」と口ごもる。

 自信がない、というよりは、もう少しだけ水戸の気持ちを覗いてみたい。

 だって水戸はあまりにも、何もかもスマートなのだ。校内で目が合ったときに微笑んで手を振る仕草も、俺の呼び方を「三井さん」と変えたときだって、手を繋ぐのだっていつだってスマートだ。慣れているように思う。

 俺ばっかりがドキドキして、俺ばっかりが好きなんじゃないかとか――たしかに、そう思うと自信がないと言うのがふさわしいのかもしれないが。

 もごもごとそんなことを言う俺の話を、3人はしばらく黙って聞いていたかと思えば、お互い顔を見合わせた後、どっと笑いが起きた。

「わはは! スマート! 洋平が!」

「いやいやアイツ頑張ってんなあ!」

「ミッチーちょっとチョロすぎんじゃねえの?」

 ひーひー、と笑いすぎたせいか涙をぬぐう仕草すら見せる3人に、俺は唇を尖らせるより先に引っかかることがあった。

「頑張ってる?」

 何が、と続けると、野間が辺りをきょろきょろと見回して、ついでに屋上の扉に向かって耳を澄ます仕草を見せる。つられて口を噤んでみるが、俺たちが黙った屋上には風の吹く音だけが響いた。

 水戸と桜木の足音がないことを確認したのか、それでも野間は少し俺に近づいて、声のトーンを落とした。

「いいかミッチー。洋平はな、カッコつけだぞ」

「ん?」

 うんうん、と頷きながら高宮が続ける。

「ついでにミッチーが思ってるよりミッチーのこと、ちゃーんと好きだぞ」

「ああ?」

 不意打ちの「好き」につい相槌が乱暴になる俺を見ながら、大楠が何かを思い出したように手をぽんと打った。

「ミッチー、今日ここに来るの洋平知らねぇんだろ? んじゃあ多分アイツさあ――」

「しっ」

 野間が人差し指を口元に立てて3人が俺に近づけていた顔を離すのと、扉の向こう側から足音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 息を詰めて待つこと数秒、ギィ、と錆びついた金属音を派手に鳴らしながら扉が開いた先、まず赤い坊主頭の桜木が姿を現した。

「おー! ミッチーじゃないかね!」

 体格を裏切らない大きな声に、俺が返事をするより先に「えっ」と、その後ろから聞き慣れた声がした。

「三井さん?」

 桜木の背中から、ひょっこりと顔を覗かせたのは案の定水戸だ。昼飯を断ったはずの俺がいることがよほど意外なのか、珍しく目を丸くしている。俺が軽く手を挙げたのに返そうと思ったのか右手を同じように挙げかけて――一度止めて、手元の何かを隠した。

 その様子を疑問に思っている間に桜木が俺たちの車座に入って、そして水戸は俺の隣を確保しながらも、やや桜木寄りに腰を下ろした。

 何やら居心地の悪そうな様子に加えてやっぱり気になるのは水戸の手元。
 桜木側の手に隠された何かを覗こうと身を乗り出せば「あ、ちょっと」と慌てたような声がした。

「……お前、牛乳なんて飲むの。意外だな」

 必死に隠すから何かと思えば、桜木と水戸の間で窮屈そうに置かれていたのは白と青のパッケージがなじみ深い、牛乳のパックだった。校内の自販機の隅にいつもいることを知っているが、わざわざこれを買っている人間には遭遇したことが無い。

 水戸はいつも缶コーヒーを飲んでいるから、なんというか、どうにもしっくりこない。

 そんな気持ちが視線にこもったのか、「う」と逃げるように水戸が俺から目を逸らして口元に手を当てる。

 視界の端で、桜木以外の3人の目元と口元がゆるゆるに緩んでいるのが見えた。

「間違えて買ったんだよ。うん」

「でも最近よーへー、牛乳ちょくちょく飲んでるよな」

 メロンパンをでっかい一口でがぶりと噛みつきながら言う桜木に、水戸が「花道」と鋭い言葉と目を向ける。

 俺はそれが水戸が何かを咎めたい目だと分かったけれど、その何かは分からなくて、しかし桜木には伝わったようだ。メロンパンを飲み込んで、口の端についた欠片を指で拭いながら「あ、すまん」と一応申し訳なさそうな顔をした。

「ミッチーには内緒だったか」

「花道!」

 立ち上がった水戸を押さえたのは大楠だった。

 しかしその顔は相変わらず笑いを堪えきれていなくて、野間と高宮も震える声で「いやいや花道、グッジョブだぜ」「とりあえずあっち行こうぜ、さみーしよ」と桜木を引っ張り上げている。「ぬ」とか「わざとでない、許せ洋平」とさすがにちょっと罰の悪そうな顔をする桜木の背中を押しながら、4人が扉の向こうに消えるのを俺は何も分からないまま呆然と見送った。

 残された水戸が、深く長い息を吐きながらガシガシと後頭部を掻く。その裾をちょい、と引っ張ってやると、水戸は困ったような目をしながらその場にへたりと座り込んだ。

「……なんだよ、どういうこと?」

 たかが牛乳、されど牛乳。俺に内緒ってなに。

 とにかく置いてけぼりの状況をなんとかしてくれ。そんな気持ちを込めて水戸に尋ねれば、水戸はやっぱりしばらく「あー」とか「うーん」とか意味をなさない言葉を発して、やがて諦めたように顔を手で覆った。

「……春に、さ」

「おう」

「身長測ったとき、中3の時からあんま伸びてなかったの、思い出して」

「うん……?」

 ちらり、と指の間から俺を覗く水戸が続けた声は、屋上に吹く風にさらわれそうなくらい小さかった。

「……ヤだろ。ちっさい彼氏」

「はあ?」

 対して反射で返した俺の声はばっちりと空まで響いた。そのデカさが何かを振り切ったのか、水戸はついに観念しましたとばかりに顔を覆っていた手を横に広げて降参のポーズをとる。

「三井さん、俺アンタの前でカッコよくいたいの。2つ下だし、ガラ悪い不良だし……だから、アンタがカッコいいカッコいいって言ってくれんの嬉しくて……」

 開き直ったように言葉を紡ぐ水戸が、そこで唇を尖らせる。

「でも身長だけはどうしようもねんだもん。隣立ったとき、15cm近く違うんだぜ? カッコ悪いじゃん……」

 それで牛乳? 俺に隠れて、せっせと身長を伸ばそうと?

 またも深く長い溜息をつく水戸を見ながら、つい先ほど聞いた大楠たちの言葉を思い出す。

 ――洋平はカッコつけだぞ。

 水戸がカッコよくあろうと努力をしていることはわかった。そして一朝一夕にどうにもならないものに、簡単には諦められない歯がゆい思いがあることも。

 ――ミッチーが思ってるよりミッチーのこと、ちゃーんと好きだぞ。

 その努力も歯がゆさも全部俺のためで、俺のせいで。俺のことが好きだから?

 答え合わせは、自惚れでなく合っているだろうか。授業中よりも一生懸命に回転する頭の中で、俺たち二人が並ぶ様子を思い浮かべて――

「あ」

 そして最後のピースがはまるように、とあることに気づいた。

「だからお前、俺の隣に立つとき、ちょっと背筋伸びてんの?」

「うわあ」

 恋人という関係にドキドキしながら、初めて並んで歩いた日。隣に立つ水戸のつむじを見下ろして、小さな違和感を感じたのを覚えている。すっと伸びた首筋、そこから肩にかけての筋肉が綺麗だと思ったのと同時に、姿勢がいいなと思った。

 ふだん、桜木の隣にいる水戸はポケットに手を入れて、斜に構えた態度が姿勢に表れたように少し背を丸めている印象があったから、意外だったのだ。

「それはたぶん、無意識……。だけど俺ダセェ……カッコわりぃね」

「いやダサくもカッコ悪くもねえけど」

 ごめん、と続けそうな勢いの水戸の言葉を遮った。そっと骨ばった手を握ってみると、驚いたようにこちらを見た水戸の、黒い瞳に俺が映る。

 水戸はカッコいい。

 本人はそうあろうとしていると言うが、絶対に元々カッコいい奴だ。じゃなきゃダチと一緒に、バカな不良くずれを庇ったりなんてしない。

 そんな水戸の黒い瞳のさらに奥――心の中を覗いてみた今、思うこと。

「かわいい、って言ったら怒るか?」

「嬉しくはねぇなあ」

「わはは」

 複雑そうに眉間に皺を寄せる水戸の手をぐい、と引いて、倒れかかってきた体をすっぽりと腕の中に閉じ込める。

「俺は好きだけど。どんなお前も」

 カッコよくいてくれてありがとな。

 黒い髪に覆われた丸っこい頭を撫でてやる。突然に抱きしめられて、行き場を失っていた水戸の太い腕が、やがて力無くゆるゆると俺の腰に回った。ふ、と頬が緩む。

「お前以上の恋人なんていないぜ、きっと」

 ――俺のことを好きでいてくれて、カッコよくて、かわいい彼氏。
 それはなんというか、最強ってやつじゃないだろうか。

「だからこれからも胸張って俺の隣にいてくれよ」

 返事は、腰に回った腕にぎゅうと込められた強い力で返ってきた。

 このあと、ギィ、と錆びついた扉の軋む音がして、あいつらに一部始終を見られていたことに気づいた水戸が、怒りなのか別の何かか、顔を真っ赤にしながらそちらへ走り出していくのを俺は大笑いしながら見送った。

 

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